秋山のこと、一応着陸。

秋山の件、続報です。皆さんにはご心配をおかけしてすみません。
昨日もレッスンの後、日付が変わるちょい前まで話しました。ただ今回は一方的な説教にならないよう、本人の「気づき」ができるだけ多くなるよう、さらに影山(新塾生・鳥取出身)、日野などの関係者や脇などのこの春からの塾生にとっては、深い思考を共有する方法として、ブレインストーミングの手法を使ってこの問題を捉えてみた。ブレインストーミングを一人ではなくみんなでやるということだ。結果非常に有意義な時間となった。一人でやるときには思いつかない発想の起点が複数でやると生まれる。その思考の枝葉がとても大きな発見を促す材料となったりする。
 
秋山の目が今日は落ち着いている。まっすぐこちらを見ている。会話しているときに勝手に内省する時間が少なくなった。ごまかすくせがとても少なくなった。自分の感じていることをきちんと相手に伝えようとする。熱意や誠意を感じる。正直であろうとしている。また、ご両親をはじめ迷惑をかけた周辺の大人たちへの配慮が自発的、具体的になってきた。嬉しい。
宙に浮いてバランスを崩してもがきながら浮遊していた秋山祐司という青年は、ここに来てやっとあるところに着地したようだ。なんとか地に足が着いたか。あとは自分の志に従って歩いていけばいい。(また、影山との関係もとてもよくなった。以前は互いにかっこつけてギクシャクしていたが。二人は以前から付き合っている。)
 
とりあえず、僕の役目は終わった。
終電ギリギリ、「今日もありがとうございました。」「いいから早く行け。」駅に向かって駆け出す秋山と影山。なぜか「から騒ぎ」幕切れの公爵を思い出した。そういえば、先日の「ペリクリーズ」のカーテンコールでもみんなの歌を傍らで聞いていてそんな感じがした。
なんと言うか、悪くはないのだが、ある種の無力感、虚脱感。「は〜、おわった〜」ってな感じ。千秋楽打ち上げ後ひとりで始発にのり帰宅してるときの感じか。僕にできるのはここまで。
 
30年近くも東京で芝居を続けることができている、応援してくださっているあらゆる方々にあらためて感謝したい。自分が演劇人であることに誇りを持っている。ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
【追記】
まったく話が変わるが、昨日はさらに新しい塾生が増えた。シンヤ。まだ成人したばかり。若い。実に素直。基本訓練ではついてくることがなかなか難しく、見た目がもともとかわいいせいかまるで子どものようだった。午後「マクベス」をやってみる。ダンカン殺害前後の夫妻の会話。夫人は日野。びっくりした。いい。シンヤは臆することなくその場にいる。またそうするための準備をきちんと自宅でして来ている。“ニューフィクション”メソッドの大切なポイントのいくつかを初回で体現してくれた。筋がいい。大事に育てたいと思った。
日野はリードされていた。日野は芝居を待つ癖がある、様子を見る瞬間がある。相手がよくても悪くても。つまり誰が相手でも同じ症状が出るということは、それが彼女の弱点。でもこれはおそらく直らない。ではその癖が出ないようにどうコントロールするかだ。おそらく視点を変えれば、その手段が見えてくるはず。いま彼女が見ている景色の中にはそれはない。それに早く気がつくといいな。といっても、誰しもそれが一番難しい。
 
もうひとつ、またまた話が変わるが。
日野のテーマでブレインストーミングしているとき。もちろん芝居に関するテーマ。2時間以上はやったか。最終的に出てきた答えは、「婚活」だった。それも今すぐスタートさせるという結果となった。そして日野の婚活は、紙面に描かれた思考の枝葉が証明するように理念に基づいたすばらしいものとなる。少々風邪気味だったので早く帰宅したが、その後姿は力強かった。本気だ。念のため、芝居をやめて主婦になるということではないです。ブレインストーミング図によれば、日野が結婚すると僕の仕事も増える。応援しよう。