明かりが落ちたッ!! その2

前回書けなかった、本番中に照明が全く落ちた話です。
照明が落ちたとは、照明機材が天井から降ってきたということではなく、
電源が飛んでしまい、全くの漆黒の闇となったということです、劇場が。
本当に今回は、予期せぬことがよく起こった公演。
 
忘れもしない6月1日(金)の夜公演、4人チームの初日。
芝居は結構順調に進んでいた。
初日の適度な緊張感の中、4人とも観客とも上手くコミュニケートできていたように感じた。
芝居も中盤を過ぎ、劇的テンションの第1ピーク、
いよいよテンプテーションシーンに差しかかる。
そう、「オセロー」の中で最も有名な場面。
イアーゴーがオセローの考え方を180度転換してしまうシーン。
自分の妻を世界一だと褒め称え人生最高の幸せを実感していたオセローは、
ほんの20分間イアーゴーと話したばっかりに、
憎悪のあまりその妻の暗殺を決意。
そんな極端な?!
でも、極端こそ、シェイクスピアおじさんの真骨頂。
その極端にリアリティを吹き込んでみせることこそ、我ら役者の腕の見せ所。
 
そんな気概で臨んだテンプシーン、その後半にさしかかる。
いい感じだ、菊地のオセローもどんどん狂気に満ちていく。
嫉妬と憎悪のあまり菊地オセローは、イアーゴー(僕)の背を床に叩きつける!
おー、今日は一段と熱い芝居だぜ、菊地よ。
よ〜し、その熱い思いに応えようじゃないか、俺の次のセリフで!!
 
あれ、真っ暗????????
 
こんなシーンで、暗転があったっけ?????
演出したのは僕なのに、そんなプランに覚えはないぞ???
 
なんてことは考えませんでした。
瞬時に照明トラブルと分かった。
そして反射的に、全く躊躇もせず、芝居続行!
というより、「続行させるぞ菊地!!」という合図を
暗闇で位置すらよく分からない菊地に、セリフにその思いをのせてしゃべった。
返ってきた菊地のセリフには、「了解!!」の力強いメッセージがのっていた。
 
あと5分くらいでテンプシーンは終わる。
そこで休憩にしよう。で、トラブルを解決しよう。
もちろん当初は休憩なしの予定。
ただし、今回休憩を入れるかどうかとても悩んだ経緯あり。
もし休憩を入れるとしたら、テンプシーンの終わりだと思っていた。
なので、すぐに菊地もそのことを了解してくれたようだった。
そこまでは、暗闇のままセリフだけで魅せてやる。
そんな思いの熱い二人。
いつもは間を取るところでも、暗闇だから黙っていても分からないので、
息の音を入れてみたりする。
声優もやっててよかった〜
 
いい感じだ、もう少しだ。
芝居の緊張感もいつにも増して盛り上がる。
と思いきや、なぜか客電だけがぬるーとつき始めた。
そうか、舞台上の照明はだめになったが、客電は生きていたのか。
で、オペレーターがせめてもと判断してつけたのか。
ああ〜ん、中途半端に見えると、返って恥ずかしいだよん。
それに、真っ暗闇の中で僕は休憩コールがしたかったんだ。
「あのー、すみません、照明のトラブルみたいなので、10分間の休憩をください」
 
でも客電だけの明かりの中で、同様に休憩コール。
お客さんも安心したみたい。
「ど〜したのォ〜?」と客席後方照明ブースへ、苦笑いの全くの素の僕。
観客の皆様から暖かい笑い声。
ありがたいなぁ〜
でも、そんな感慨にふけっている暇なし。
問題を解決しなければ、残り50分ほどはどうなる?
これからが照明プランもすこぶる素敵なのに。
 
照明ブースに着くやいなや、唖然。
操作卓に入力してあった全ての照明データが消えているではないか?!
目を疑う、そりゃ誰でも。
電源が落ちた拍子に、データが飛んだ!!
パソコンでも時々遭遇するあれです。
 
今度は目の前が真っ暗、あ、そりゃさっきもか。。。
またまた客席を通り、心配してくれているお客様のなかを楽屋へ。
菊地たちに説明し、普通の電源コンセントから引いてこられる機材をかき集めるように
研究生たちに指示を出す。
そして再び、客席を通り照明ブースへ。
ブース内をとにかく物色。
なにを探していたかというと、バックアップのフロッピー。
もしプランナーの阿部康子さんがバックアップを取っていたら、
いや絶対取っていてくれているはず、通常は。
でもオペレーターの徳丸は知らない。
そうなんです、今回4人チームのオペは、新人でオセロー演じる徳丸だったのです。
徳丸には実は、照明も勉強させているのです。
ま、そんなことよりもフロッピー。
どこかにあるはず、と思いきや、あったー。
 
「徳丸よ、お前、データを呼び出せるか?」
「はい、できると思います!」
お〜、頼もしい。
二人で操作モニターを食い入るように見る。
5つもデータが入っていた。どれだ?
「きっとこれだと思います」(by徳丸)
お〜、またまた頼もしい。
「よーし、徳丸よ、そのデータを呼び出すのじゃっ!!」
「らじゃ!」(by徳丸)
 
見事に舞台に明かりが戻る。
思いもかけず、客席から一斉に拍手が湧き上がる!!
なんて、なんて、ありがたい!!
 
改めて無事復旧したことをお客様に説明し、芝居再開。
ただ、続きを単純にやるのは芸がないと思ったので、
さっき暗闇で声だけ聞いてもらったシーンの終わりからやることにした。
CM後のバラエティ番組みたいな感じ。ちょっとだけリプレィ。
テンプシーンの大詰め、イアーゴーの絶叫にも似た誓いのセリフから。
素の僕から修羅場のイアーゴーへ、瞬間チェンジ。
実はこれも見てもらいたかった、瞬間のチェンジを。
役になるのは呼吸一つ、4人チームのコンセプト。
トラブッたんだから、その分何かサービスしないと!
 
よ〜し、再開のすべり出し、オッケー!
と思いきや、しまった、休憩直前にやったシーンで菊地に
重要アイテムのハンカチが渡ったままだ。
そのシーンをまたやらなくちゃいけないのに、
そのシーンは僕がハンカチを取り出し床に投げつけ、菊地キャシオーがそれを拾うシーンなのに、
ハンカチはすでに菊地のコートのポケットに。
中合わせに立つ僕ら。僕が前向き、菊地は後ろ向き。
「菊地気付いてくれ」と念じながら、いつもより少し大きく振り向くと、
後ろ手に菊地の手、すっとハンカチが差し出された。
いかにも僕が自分の上着から出したかのよう。
って、ばれてます、お客様には。丸見えでしたから。
でも、そんな阿吽の呼吸の中に10数年来の友情を感じた僕。
 
そして、休憩後の50分間、実に素敵な時間となったと自負しています。
観客の皆様の、寛大なる気持ちと暖かさ。そして、集中力。
とても、とても、助けられました。
そして、芝居とは、やはり絶対に、
観客とともに常に創り続け、生き続けているものだということを
これほど実感したことはかつてありませんでした。
観客とは、圧倒的に善意の存在!
あの日の皆様、本当に、本当に、ありがとうございました!!!
 
あの日の皆様には後日談となりますが、
次のステージから、休憩を入れることにしました。
トラブルのあった日と全く同様の場面で休憩を僕がコールし、
休憩後も同じく僕の誓いのセリフから始めることにしました。
そうなんです、そのほうがいいと、あの日思いました。
あの日とほとんど同じです。
トラブルの日と違うところは、真っ暗闇にはならないということだけです。